1. 2026年、工場の景色は変わった
数年前まで、最新鋭のベンダーと言えば「角度センサー付き」程度のものでした。しかし2026年の今、工場には「AI搭載型自動曲げセル」が導入され始めています。
3Dデータを読み込ませれば、AIが瞬時に最適な曲げ順を計算し、ロボットアームが寸分違わぬ位置で板を突き当てる。スプリングバック(曲げ戻り)の計算も、過去の膨大なデータから予測して一発で決めてくる。
かつて、俺たちが数時間かけて展開図を悩み、試し曲げを繰り返してようやく辿り着いた「正解」を、AIはわずか数秒で弾き出します。
正直に言いましょう。その光景を初めて見た時、俺の心には「あぁ、俺の20年は何だったんだ」という、冷たい風が吹き抜けました。
2. AIが絶対に超えられない「0.1ミリの壁」
しかし、導入から1年が経ち、わかってきたことがあります。 AIは確かに「完璧なデータ」には強い。しかし、「生身の鉄」にはまだ勝てない瞬間があるのです。
鉄板というのは、実は生き物です。 同じSUS304(ステンレス)の2.0ミリでも、ロットが違えば硬さが違う。材料が保管されていた場所の温度や湿度、さらには板を切り出した際の「繊維の方向(圧延方向)」によって、曲がり方は微妙に変化します。
AIは「数値」で判断しますが、俺たちは「指先と耳」で判断します。
- 金型が板に触れた瞬間の、わずかな「逃げ」。
- 加圧が始まった時の、機械が発する「軋み音」のトーン。
- 曲げ終わった瞬間に板を外す時の、手に伝わる「重みの余韻」。
「あ、この板は少し粘るな」 「今日の機械は、油圧が少し眠っているな」
この言語化できない、数値化できない「違和感」を察知し、その場でコンマ数ミリの微調整をかける。この「現場の調整力」こそが、20年の経験が俺の身体に刻み込んだ、最強のアルゴリズムなのです。
3. AIを「敵」にするか、「相棒」にするか
43歳の俺が生き残る道は、AIと戦うことではありません。AIという「超高性能な新人」を使いこなす「親方」になることです。
AIは、面倒で単純な量産品を疲れ知らずでこなしてくれます。 その間に、俺はAIには解けない「難解な一品もの」や、AIがエラーを出した時の「原因究明」に集中すればいい。
「機械に仕事を奪われる」と怯えるのではなく、「機械に面倒な仕事を押し付けて、俺はもっと高度なことに時間を使う」と考える。このマインドセットの切り替えこそが、40代の職人に求められている「メンタル・アップデート」だと痛感しています。
4. ブログとベンダー、実は共通していること
今、俺がこうして慣れないキーボードを叩いてブログを書いているのも、実は同じ挑戦です。
AIを使えば、それっぽい文章はすぐに作れます。でも、俺がベンダーの前で流した汗や、娘の学費を思って溜息をついた夜の空気感は、AIには書けません。
現場で「鉄」と対話し、ブログで「言葉」と対話する。 どちらも、自分の内側にある「経験」を形にする「ものづくり」です。
AIにできないことは、「責任を取ること」と「感情を込めること」です。 製品に責任を持ち、その先にいる客や家族の顔を思い浮かべて仕事をする。その泥臭い人間味がある限り、俺たちの仕事場がなくなることはありません。
5. 20年後の自分へ、そして娘たちへ
「パパの仕事、ロボットに取られちゃうの?」 中2の娘に冗談めかして聞かれたことがあります。
俺は笑って答えました。 「ロボットが泣き言を言った時に、それを直してやるのがパパの仕事だよ」
2026年。技術はどこまでも進化するでしょう。 でも、20年かけて磨き上げたこの「油まみれの指先」には、まだAIには教えられない「秘伝のタレ」が染み込んでいます。
それを誇りに思いながら、俺は明日も工場の門をくぐります。 最新鋭のAIベンダーの隣で、誰よりも繊細に、誰よりも力強く、鉄を曲げ続けるために。

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