43歳、腰と膝の悲鳴が聞こえる。20年現場にいて分かった「体が資本」の残酷な末路

朝5時30分。アラームが鳴り、意識が覚醒するのと同時に、全身の「点検」が始まります。

まず、腰。布団の中でゆっくりと寝返りを打とうとすると、ピキッと電気が走るような鈍い痛み。次に、膝。立ち上がろうと足に力を入れると、ミシミシと嫌な音が聞こえる気がします。

「今日も、動けるかな……」

20年前、新人の頃の私は「無限のバッテリー」を積んでいるような気分でした。どれだけ残業しても、重い資材を運んでも、一晩寝れば回復した。先輩たちが「腰が痛い」「雨の日は膝が笑う」と言っているのを、どこか遠い国の話のように聞いていたのです。

しかし、43歳になった今、ようやく理解しました。 現場職にとって、体は「資本」ではなく「消耗品」だったのだと。

減価償却されていく自分

製造業の現場で働くということは、自分の軟骨や筋肉を削って、日銭を稼ぐという行為に他なりません。

機械なら部品を交換すれば直りますが、私たちの膝の軟骨に替えはありません。20年間のライン作業、無理な姿勢での溶接、1日1万歩を超えるコンクリートの上での移動。それらは確実に、私の体を「減価償却」させてきました。

最近、職場の50代後半のベテラン勢を見て、背筋が凍ることがあります。 長く現場を支えてきたはずの彼らの多くは、どこか足を引きずっていたり、腰を曲げながら歩いています。定年まであと数年というところで、体が悲鳴を上げ、現場を外れざるを得なくなる。

「俺の15年後も、ああなるのか?」

その問いに、NOと言える自信が今の私にはありません。

湿布の匂いと、娘の寝顔

私のカバンの中には、常に強力な鎮痛消炎剤の湿布が入っています。 現場の休憩室は、昼時になるとオヤジたちの湿布の匂いで充満します。若い頃は「クサイな」と思っていたあの匂いが、今は自分を守るための「戦友の匂い」に変わりました。

そんなボロボロの体で帰宅し、玄関で安全靴を脱ぐ瞬間、崩れ落ちそうになります。 でも、リビングへ行けば、高2と中2の娘たちがテスト勉強をしていたり、スマホをいじりながら笑っていたりします。

上の娘は、あと1年で大学受験。 「パパ、私、この大学に行きたいんだ」

そう言って見せてくれたパンフレットの学費のページ。目がくらむような数字が並んでいます。 下の娘も、部活で新しい道具が必要だと言います。

彼女たちの未来を守るためには、私の腰や膝がどれだけ悲鳴を上げようと、明日の朝もまた、あの鉄錆と油の匂いがする現場へ向かわなければなりません。

「体が資本」とは、「体が動かなくなったら、お前の価値はゼロだ」という宣告と同じなのです。

現場職パパが、キーボードを叩く理由

もし、明日、私が交通事故に遭ったら? もし、持病の腰痛が悪化して、一歩も歩けなくなったら?

その瞬間、我が家の収入源は絶たれます。 「体が資本」というビジネスモデルの最大の欠陥は、**「代替品がないこと」**です。私が動けなければ、娘たちの学費は払えない。その恐怖が、毎晩私を襲います。

だから、私はこのブログを始めました。

腰が痛くて椅子に座るのも辛い夜もあります。 現場で10時間立ちっぱなしだった後、パソコンの画面を見つめるのは正直、修行のようです。

でも、ここで指を動かし、自分の経験を言葉に変えることだけが、「筋肉」ではなく「思考」で稼ぐための唯一の出口だと信じています。

今の私には、油で汚れたこの手と、ボロボロの体しかありません。 でも、この指先から、娘たちの未来を作ってみせる。 「体が資本」という残酷なルールから、いつか自分を解放してやる。

暗い工場の中で、機械の音に紛れて「痛てて……」と呟いている同世代のあなたへ。 一緒に、足掻きませんか。 体以外の「資本」を、今から一緒に作り始めませんか。

明日の朝も、きっと腰は重いでしょう。 でも、私はもう、天井を見つめて絶望するだけの男ではありません。

今日も、1記事。 これが私の、未来への生存記録です。

koharubiyori0426

43歳、製造業。高2と中2の娘の学費、そして『明日会社に行きたくない』という本音からブログを開始。油まみれの作業着を脱ぎ捨て、パソコン1台で人生を逆転させるまでの泥臭い全記録を公開中。

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