1. 10個目の「製品」を納品したような気分で
工場のチャイムが鳴り、ベンダーの電源を切る。いつもの日常。 でも、今の俺にはもう一つの「現場」がある。 家族が寝静まった後、真っ暗なリビングでノートパソコンを開く。1ヶ月前の俺なら、考えられなかった光景だ。
今日、この10記事目を公開することで、俺のブログは一つの節目を迎える。 正直に言えば、1記事目を書いた時は「3日で終わるだろう」と思っていた。タイピングは遅いし、用語はわからない。鉄を曲げるより100倍難しくて、何度もマウスを投げ出したくなった。
でも、やり遂げた。 10個の「言葉という製品」を、俺はこのブログという倉庫に納品したんだ。
2. 鋼鉄よりも硬かった「自分の固定観念」
20年、俺は「自分はただの現場人間だ」と決めつけていた。 「パソコンなんて若い奴がやればいい」「職人は黙って手を動かせばいい」 そうやって自分の可能性を、勝手に型に嵌めていた。
でも、ブログを書き始めて気づいた。 俺の20年の泥臭い経験、娘を想う焦り、体の痛み、現場で見た夕日の美しさ。 それらは、語る価値のある「資産」だったんだ。
鉄は熱いうちに打て、と言う。 43歳。人生の折り返し地点。 俺の心は、今、新しい挑戦という熱を帯びて、これまでになく柔らかくなっている。
3. 「10記事」が教えてくれた、小さな光
まだ、収益が出たわけじゃない。アクセスもほんの少しだ。 でも、10記事を書き上げる過程で、俺は「自分の人生のハンドル」を握り直した感覚がある。
- 現場で嫌なことがあっても、「これはネタになるな」と笑えるようになった。
- 娘たちと、「パパ、今日は何書いたの?」という新しい会話が生まれた。
- 会社以外の場所に、自分だけの「居場所」ができた。
たかが10記事。されど10記事。 不器用な指先で一文字ずつ積み上げたこの記録は、俺にとってどんな国家資格よりも誇らしい。
4. これから、俺はどこへ向かうのか
10記事はゴールじゃない。これは、俺の「新しい人生の仕様書」の1ページ目に過ぎない。
これから、Googleアドセンスの審査に挑む。 もし落ちても、また書き直せばいい。現場の試し曲げと同じだ。一発で完璧なんてありえない。 合格したら、また新しい目標(1円を稼ぐ、100記事書く)に向かって進むだけだ。
俺はこれからも、昼間はベンダーで鉄を曲げ、夜はキーボードで言葉を紡ぐ。 娘たちの学費を稼ぎきるまで。 そして、自分自身の人生を、誰よりも納得のいく形に曲げきるまで。
5. 最後に:この記事を読んでくれた「あなた」へ
もし、40代を過ぎて「自分にはもう新しいことなんて無理だ」と思っている人がいたら。 俺のこの、油汚れの落ちない指先を見てほしい。
不器用でもいい。遅くてもいい。 今日、一歩踏み出せば、10日後には10歩先へ行ける。 10記事書き終えた今の俺には、1ヶ月前には想像もできなかった、明るい未来がうっすらと見えている。

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