鉄を曲げてきた油まみれの指。今、震えながら「ブログ」のキーボードを叩いている。

自分の手が、他人の手に見える夜

今、深夜1時。家族が寝静まったリビングで、俺は自分の両手をじっと見つめている。

関節がゴツゴツと太くなり、指先は無数の小さな切り傷と、洗っても落ちきらない機械油で薄黒く染まっている。手のひらは、熱い鉄板と重い金型を扱い続けてきた証拠に、皮膚が分厚く硬化している。

これが、43歳、町工場のベンダー(プレスブレーキ)職人の手だ。 20年間、来る日も来る日も、何トンという圧力を操り、硬い鋼板をミリ単位の精度で曲げ続けてきた。この手は、鉄の冷たさと重さを知っている。

そんな武骨な手が今、目の前にある薄っぺらいノートパソコンの、小さなプラスチックのキーボードの上に置かれている。

違和感しかない。 まるで、ゴリラが精密機械の修理をしようとしているような、滑稽さと頼りなさだ。

「あ……まただ」

人差し指で「A」のキーを押したつもりが、隣の「S」まで一緒に押してしまう。俺の指は、この繊細なキーボードに対して太すぎるのだ。 バックスペースキーを連打する。カチャカチャカチャという乾いた音が、静かな部屋に響く。

現場なら、ハンマーで一発叩けば直るような修正が、ここでは通用しない。 俺は今、20年かけて培ってきた技術が全く通用しない、「デジタル」という名の新しい現場で、完全に途方に暮れている。


20年選手が、ここでは「ド素人」になる屈辱

正直に言おう。「ブログなんて、文章を書けばいいだけだろう」と高を括っていた。

大間違いだった。

まず、スタートラインに立つまでが地獄だった。「サーバー」「ドメイン」「WordPress」……飛び交う言葉は、まるで宇宙語だ。現場の図面なら一瞬で理解できる脳みそが、これらのカタカナ語の前ではフリーズする。

「設定がうまくいきません」と検索し、出てきた解説記事を読んでも、その解説に使われている言葉がまた分からない。

工場なら、機械の異音を聞けば「あ、油圧が足りないな」と瞬時に判断できる。ベテランとしての勘が働く。 でも、この光る画面の前では、俺はただの無力な「ド素人」だ。23歳で工場に入った初日、先輩に怒鳴られて立ち尽くしていたあの頃に戻ったような、情けない感覚が蘇る。

「くそっ、なんで動かねえんだよ!」

思わずマウスを握る手に力が入る。危うく握り潰すところだった。 鉄は力をかければ曲がるが、パソコンは力をかけても何も解決しない。それがもどかしい。

昼間は数トンの鉄を自在に操っている男が、夜な夜な「プライバシーポリシーの設定」ごときで冷や汗をかいている。 このギャップに、自分でも苦笑いが出てしまう。


それでも、この不器用な指を動かす理由

なぜ、わざわざこんな苦行を始めたのか。 仕事で疲れて帰ってきて、ビールでも飲んで寝てしまえば楽なはずだ。

それでもパソコンに向かうのは、やはり「焦り」があるからだ。

俺には、高校2年生と中学2年生の娘がいる。これから湯水のようにお金がかかる時期だ。 給与明細を見るたびに、「このままで大丈夫か?」という不安が頭をもたげる。 体もそうだ。43歳になり、腰の痛みは慢性化し、夕方になると目が霞むようになった。あと20年、今と同じペースで鉄を曲げ続けられる自信はない。

「会社に頼らず、自分の力で稼げるようになりたい」

そんな思いで、藁にもすがる気持ちで始めたのが、このブログだった。


これは、新しい「ものづくり」だ

苦戦しながらも、数時間かけてようやく最初の記事を書き上げ、震える指で「公開」ボタンを押した時。 不思議な感覚が俺を包んだ。

それは、難しい図面の製品を、試行錯誤の末に完璧な精度で曲げきった時の感覚に似ていた。 達成感、だ。

画面に表示された、俺の拙い文章。 誰が読むかもわからない。一銭の価値もないかもしれない。 でも、これは間違いなく、俺がゼロから作り上げた「作品」だった。

鉄を曲げることだけが「ものづくり」じゃないのかもしれない。 自分の経験や思いを、言葉という形に変えて組み上げる。これもまた、一種の「製造業」なのだと気づいた。

俺の指は、相変わらず太いままだし、タイピングは遅い。油汚れも落ちていない。 でも、この指でキーボードを叩く感触が、少しずつ面白くなってきた。

鉄を曲げてきたこの手で、今度は自分の人生を少しだけ良い方向へ「曲げて」いけるかもしれない。 そんな淡い期待を抱きながら、俺は今日も、不器用な指でカチャカチャと音を鳴らし続ける。

koharubiyori0426

43歳、製造業。高2と中2の娘の学費、そして『明日会社に行きたくない』という本音からブログを開始。油まみれの作業着を脱ぎ捨て、パソコン1台で人生を逆転させるまでの泥臭い全記録を公開中。

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