「〇〇さん、ここの工程、あと5秒短縮できませんか? データの計算上は可能なんですが」
20代後半。シワ一つないワイシャツ。現場の油の匂いなど微塵もしない清潔な身なりの「上司」が、タブレットを片手に私に言いました。
私は20年、この機械と向き合ってきました。 気温によって変わる金属のわずかな歪み、オイルの劣化による音の変化、ベアリングが悲鳴を上げる直前の振動。それらすべてを「五感」で感じ取り、製品を仕上げてきた自負があります。
「いや、これ以上詰めると刃具が持ちませんし、精度も落ちますよ」
私が精一杯の抑えたトーンで返すと、彼は数字が並んだ画面から目を離さず、鼻で笑うようにこう言いました。
「それは『経験』という名の勘ですよね? 今は令和ですよ。もっとスマートにやりましょう」
その瞬間、頭に血が上る音がしました。 私の20年は、彼にとっては「古い勘」に過ぎない。この手が刻んできた傷も、冬の寒さに耐えて握り続けた工具の重みも、数字の前では無価値だと言われた気がしたのです。
飲み込んだ言葉の味
言い返そうと思えば、いくらでも言えました。 現場の苦労も知らない奴が何を言うか。一度でも夜勤をやってから言ってみろ。機械の癖も分からずに数字だけ見て語るな……。
でも、私は結局、「……検討してみます」とだけ言って、頭を下げました。
情けない。本当に情けない。 20年前の自分なら、その場で工具を投げ捨てていたかもしれません。
しかし、今の私には、守らなければならないものがあります。 高2と中2の娘たち。 彼女たちの塾代、修学旅行の積み立て、そして来年に迫った大学の入学金。
私の「プライド」を貫くことで、もし今の立場が危うくなれば、困るのは彼女たちです。43歳の親父が職場で飲み込む言葉の数々は、すべて「娘たちの未来」に形を変えている。そう自分に言い聞かせるしかありませんでした。
会社は「魂」まで買い取ったわけじゃない
休憩室の隅で、冷めた缶コーヒーをすすりながら思いました。 会社は私の「時間」と「労働力」を買っています。でも、私の「魂」や「自尊心」まで売り渡した覚えはありません。
どれだけ職場で「古い人間」扱いされても、どれだけ効率の数字で詰められても、私の価値を彼らに決めさせる必要はない。
だからこそ、私はこうしてブログを書いています。
現場では「はい、わかりました」と従順な歯車を演じていますが、この画面の上では、私は自由です。20年現場で戦ってきた経験も、上司に言われて飲み込んだ悔しさも、すべてが「誰かの心に刺さる言葉」という価値に変わります。
「スマート」になれない私たちが、最後に勝つ方法
スマートに、効率よく、数字だけで生きる。 それが今の世の中の「正解」なのかもしれません。
でも、私は泥臭く、油にまみれ、理不尽に耐えながら家族を守る生き方を否定したくない。
もしあなたが、今まさに職場で理不尽な言葉を飲み込み、駐車場で一人、ハンドルを叩いて悔しがっているなら。 そのエネルギーを、自分のために使いませんか。
会社に期待するのは、もうやめにしましょう。 会社のために自分を削るのではなく、家族のために、そして自分の未来のために、会社を利用してやる。そのくらいの強かさ(したたかさ)を持ってもいいはずです。
明日もまた、あの「スマートな上司」に数字を突きつけられるでしょう。 でも、私はもう、ただ頭を下げるだけの男ではありません。
「この悔しさが、またブログの1記事になる。学費の足しになる」
そう思えば、上司の嫌味も、少しだけ軽く聞き流せる気がするのです。

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